| 1日は、地元三津浜厚生センターにおいて『坂の上の雲』のまちづくり早わかり講座が行われ中村時広市長が講演を行った。司馬遼太郎氏の小説「坂の上の雲」を使用した『坂の上の雲』のまちづくりが如何にして始まったかやNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」のエピソード等について詳しく説明がなされた。
2日は、早朝に企業の朝礼にお邪魔し、午後は、地元三津浜等をあいさつ回り。
3日も、前日に引き続き午後から地元三津浜をあいさつ回り。
4日は、午前中は、市議会本会議で代表質問が行われ、午後から地元三津浜をあいさつ回り。
5日も午前中は、市議会本会議で代表質問が行われ、午後からは、日本会議愛媛県本部実務者会議に出席した。
6日、7日の両日は、悪天候と荒波の中、高速船で中島本島に戻りあいさつ回りをした。2日間、市議会本会議で主だったところを回ることができ、支援者の方々に感謝の気持ちで一杯である。
8日は、市議会本会議で6回目となる一般質問を行った。質問及び答弁内容は、議会報告に全文を掲載。午後は、毎年恒例の伊予つばき協会の二之丸つばき展を鑑賞。
10日は、地元三津浜をあいさつ回り。
11日も地元三津浜等をあいさつ回り。
12日も地元三津浜等をあいさつ回り。
13日には、午前中に三津浜少年サッカークラブ閉開校式で挨拶、午後に市駅前で毎月恒例の北朝鮮による拉致被害者を救出するための署名活動を行った。終了後には、城山公園(堀之内公園)で行われた。みんなでつくる「だ〜いすき公園事業」寄附事業記念式典に出席した。「だ〜いすき公園事業」寄附事業記念式典の詳細は、委員会報告で述べる。
14日には、チャンネル桜を支える会愛媛県支部の第1回講演会が開催され、「魂の復活としての歴史の回復」という演題で元衆議院議員の西村眞吾氏が講演を行った。主に小説「坂の上の雲」の頃の明治時代から昭和にかけての歴史と日本人の魂である大和魂について歯切れのいい話を聞いた。国や国民にとって歴史は非常に大切である。戦後教育は、本当の意味での歴史教育をおろそかにしていたんではないかと思う。非常に残念である。
15日には、9日の本会議で都市企業員会に付託された議案等について委員会が開催され審議が行われた。詳細は、委員会報告のページで述べる。
午後は、地元三津浜をあいさつ回り。また、夜には都市企業員会所管で3月末に退職する課長級以上の幹部職員の送別会を行った。当委員会所管の部局の退職者は、全部長3名の他、企画官、課長等、最後の団塊の世代と言われるとおり多数の幹部が退職した。
16日は、午前中は、青年海外協力隊平成21年度4次隊愛媛県知事表敬に同行した。今回は女性2名が、愛媛県からバングラデシュとエルサルバドルへ派遣される。
午後は、地元町内会をあいさつ回り。
夜は、両隊員の壮行会を行った。2年間元気で充実した活動をしてきてもらいた。
17日は、午前中に三津浜中学校の卒業式に出席、午後からは内外ニュース3月懇談会に出席した。内外ニュース専務取締役 那部吉正氏が「どうなる鳩山政権 ―動くか政界再編」と題し講演を行った。鳩山政権の問題点と政界再編について詳しく述べられた。政権の終わりは近いが、政界再編は、7月予定の参議院議員選挙の結果次第だろうということであった。全く同感である。
18日は、本会議最終日、定刻から議会が開会された。夜には、恒例の市長、副市長、部長等と市議会議員との市政懇談会に出席。
19日は、午前中は、ひめぎんホールで開催された平成21年度松山大学院・大学・学位記・卒業証書授与式に出席。今回は100回記念ということもあり第100回松山植木まつり記念式典も行われたが松山大学の式典と重なったため、出席はできなかったが、松山植木まつりを視察した。
午後は、地元三津浜等をあいさつ回り。
20日は、自由民主党愛媛県支部第54回県連大会に出席。県連の新役員が決定され、来る7月に行われる参議院議員選挙での選対本部等が確定した。
夜には4年ぶりとなる松山大学卓球部OB会総会が開催され現役学生も含め38名が出席した。なつかしいメンバーとの語らいは、非常に楽しいものである。
23日は、午前中にマスコミ取材、午後から三津の挨拶回りをした。夜は、県内自治体から出資を受け県民球団となった愛媛マンダリンパーレーツ2010シーズン決起大会が開催され多くの支援者が出席した。
24日は、三津浜小学校卒業式に出席、また松山城東ライオンズクラブ次期役員の指名会に出席し、幹事を引き受けることとなった。午後は、日本会議松山城北支部役員会、夜には、愛媛県青年海外協力隊を育てる会運営委員会にもそれぞれ出席した。
25日は、21世紀研究会で勉強会、夜には、愛媛県倫理法人会女性委員会の2010年女性塾“縁”中予地区講演会に出席した。
26日は、先輩のお誘いで今年初の花見に参加した。本当に気温が低く寒くてたまらなかっが、道後公園の桜の標準木の元での花見は、格別であった。
27日は、「三津の朝市」拡大イベントで午前8時から平成船手組のメンバーとして餅つきのボランティアをし、三津浜地区保護司会として社会を明るくする運動にも参加した。その合間をぬって小富士保育園卒園式に出席、さらには、2隻のうち1隻が新造された『三津の渡し』の新造船「こぶかり丸」(定員13名船長含む)就航式が行われた。船名の由来は、就航中の「すさき丸」は、昔の地名である「洲崎(現在の三津)の渡し」から、新造船は「古深里(現在の港山)の渡し」から命名されたものである。またその後、「ぶらり、三津浜レトロ」でグルメ散策やスタンプラリー等の運営にも参加した。天気がよく風もない穏やかな天気で、多くの市民が三津浜を訪れた。こういう事業の積み重ねにより三津浜のよさ、歴史等を情報発信し、地域の活性化に繋げたい。イベントの途中には、山東昭子参議院副議長の来県に伴い、萬翠荘と坂の上の雲ミュージアムにも同行した。この日は、早朝からから夕方まで多くのイベントに顔を出し本当に多忙であった。
29日は、企業の朝礼や椿神社崇敬者大祭・記念講演会・直会にも出席した。
30日は、「愛媛県・バッタンバン州友好交流協会」設立記念パーティーに出席。この協会は、カンボジア王国で長年にわたり地雷処理活動に尽力されてきた愛媛県出身の高山良二氏の活動に対し賛同、協力してきた方々が、その多年にわたる支援の証として、また将来のさらなる愛媛県とカンボジア王国バッタンバン州との相互理解と友好・親善の促進の仲介に資するべく設立した団体である。
31日は、自民党松山支部連合会三津浜校区支部総会に出席。昼食を挟んで地域の課題等について意見交換を行った。
夜は、松前町長白石勝也氏が知事表彰を受賞したことから、愛媛異業種交流会がそれを記念し白石勝也氏を招いた勉強会を開催した。私も会員として出席した。 |