| 1日は、翌2日に開催される臨時議会に備え松山維新の会の会議を実施した。
夜は、日頃からお世話になっているFM愛媛の木藤専務が会社を退職されたので、その送る会に出席し今後のご健勝とご活躍を祈った。
2日は、9時から松山維新の会の定例会を開催。10時30分から臨時議会が開催された。詳細は、議会報告で述べる。
3日は、久しぶりに松山湯築ライオンズクラブとの合同例会を実施し、次期の役員紹介があり、私は松山城東ライオンズクラブの幹事を引き受けることになった。
4日は、6月議会に提案される補正予算案等の予算折衝が松山維新の会所属議員、市長、副市長、理財部長と財政課担当職員同席の下で行われた。6月議会に提案される補正予算案等の詳しい説明があり、それに対する質問も行われた。夜には、第16回日韓市民交流フォーラムin平澤の打合せ会が行われた。
5日は、 午後からお世話になった池内家の結婚披露宴に出席し、お祝いの挨拶を述べ、その後自宅に戻り、準備をしてJR松山駅から壬生川駅へ、駅からはタクシーで本谷温泉へ向かう。本谷温泉は、初めてであったが道後温泉、鈍川温泉とともに愛媛県の3大温泉に数えられているとのこと。この日は、青年海外協力隊OB・OGと夜遅くまで語り合った。何の打算もない本当に気の置けない楽しい時間であった。
6日は、午前中に愛媛県青年海外協力協会総会に出席し、11時に松山城東ライオンズクラブの菅さんに西条市の本谷温泉に迎えに来てもらい、同乗の次期会長である加地先生と四国中央市のグランフォーレに向かい午後からライオンズクラブ国際協会336−A地区次期クラブ三役オリエンテーションに出席した。次期会長は、加地 尚氏、幹事は、私が引き受け、会計は、菅 基裕氏が担当することとなりこの3人が次期三役を務めることとなった。
7日は、北朝鮮による愛媛県人拉致疑惑の真相を究明する地方議員連絡会(愛媛拉致議連)総会に出席。総会終了後には、テレビ等にも数多く出演されている関西大学経済学部教授でRENK代表でもある李 英和氏が「暴走国家・北朝鮮の狙い」と題して講演を行った。李氏は、北朝鮮と中国から身柄引き渡しを要求されている人物であり、TV等で北朝鮮の内部(公開処刑の映像等)映像等が放送されることがあるがそのほとんどをRENKが提供している。講演では、韓国艦撃沈や訪中の目的、今後の北朝鮮の後継者問題、そして3代目後継者となった場合の拉致問題等について詳しく述べられた。非常に興味深い内容であった。
10日は、山本順三参議院議員を三津浜に招いて、校区集会を開催した。夜には、松山市厚生福祉センターの建替えに関する説明会が松山市によって行われた。いよいよ具体的に工事日程等も示され来年8月の完成をめざすこととなった。
11日は、午前中に議会運営委員会が開催された。詳細は、議会報告で述べる。午後には、4日の予算折衝と同様の内容で各会派議員への議案等の説明会があった。
夕方には、愛媛県青年海外協力隊を育てる会総会資料の発送業務に汗を流し、終了後に運営委員会を開催。
12日は、毎月恒例の救う会愛媛による伊予鉄高島屋前で北朝鮮による拉致問題の解決のための署名・啓発活動に参加し、街頭演説も行った。
13日は、崇教真光6月度月並祭、まさき国際交流の会通常総会に出席した後、知り合いの茶道表千家流寒川先生のお茶会で抹茶を一服ご馳走になる。その後道後へ移動し愛媛県隊友会懇親会に出席した。
15日は、三津浜婦人会のメンバー40名と四国電力伊方原子力発電所の視察にでかける。この日は、大雨であった。8時に伊予鉄三津駅前を出発。10時前に伊方原子力発電所に到着し2時間ほど内部見学した。松山はそうでもなかったが、現地は生憎霧がすごくてせっかくの景色を見ることができず少し残念であった。12時からは、風車のレストランに移動し昼食をとり、お土産に名物のじゃこカツを買い、帰りに大雨の中、内子町町並み保存地区に立ち寄り5時ごろ、三津浜に帰ってきた。往復のバスと昼食は、四国電力の手配で、全て無料であった。生憎の天候であったが皆さんに喜んでいただき、また原発の安全性を認識していただくよい機会となった。
16日は、保護司で第9分区の犯罪予防活動部員をしていることから社会を明るくする運動用品の仕分け作業を行い第9分区(三津)に割り当てられた用品を持ち帰った。三津の他の保護司さんと分担し三津浜の企業等に配布して回ることとする。
午後は、愛媛県出身の青年海外協力隊員平成22年度1次隊の県庁表敬訪問に同行し、夜の壮行会にも顔を出した。2年間元気で頑張ってきてもらいたい。
18日は、10時から改選後の初議会である6月定例会(議会)が開会した。詳細は、議会報告で述べる。午後は、北方領土返還要求愛媛県民会議の講演を聴いた。演題は「ロシア双頭政権の対日戦略―鳩山政権で北方領土返還は実現するか―」であった。菅政権になったので菅政権でということになろうが、民主政権では、ロシアと安易に妥協しかねないと警鐘を鳴らしていた。夜には、松山城東ライオンズクラブの次期役員準備委員会と懇親会が行われた。7月1日から新任期がスタートする。
19日は、映画「ミラクルバナナ」とシネマカフェに行ってきた。映画の内容は、ハイチ共和国に大使館派遣員として赴任したヒロインが貧しくノートを買えない子どもの現状を知り、バナナの葉でペーパーをつくることを思い立ち、日本の和紙作りの手法で現地でもできるバナナペーパーづくりに奔走する姿と周りの人たちとのかかわりを描いた作品であった。青年海外協力隊の活動と酷似しており、共感できる部分も多々あった。その後は、コーヒーを飲みながら映画のことや青年海外協力隊OGの横内悠さんのベリーズでの体育指導の体験談、意見交換も行われた。
20日は、16日に仕分けして持ち帰っていた社会を明るくする運動用品を第9分区の各保護司さんに分配し分担して三津地区の行政機関や学校、企業等に配布してもらうこととした。夜には、自民党松山支部連合会主催で三津、宮前、高浜の3校区合同の参議院議員山本順三氏と語る会が三津厚生センターで行われた。混乱を招いてもいけないので、開始後30分ほど遅れて会場の末席についた。残念なことに3校区併せて約40名程度しか集まっておらず、そのほとんどが先日私が行った集会に来ていただいた方々であり、人数の少ないのが本当に残念であった。
21日は、愛媛県海外協会の総会・講演会に出席した。今年は南カリフォルニア愛媛県人会創立100周年となることから8月に慶祝訪問団を派遣することとなった。
また、講演では、日系2世のカナダ人作家、ジョイ・コガワさんが「苦難の時代を生き抜いた日系人」と題し、父・中山吾一(大洲市出身)氏をはじめとする日系人がカナダにおいて第2次世界大戦中にどのような人種差別に合い、収容所に送られたり強制労働を強いられたりしたかを述べた。
23日は、内外ニュース松山懇談会に出席しその後三津の自宅に戻り参議院議員山本順三夫人と合流し、夕方まで支持者のところを紹介して回った。夜には、愛媛県倫理法人会青年委員会のパネルディスカッションに出席。若手企業家たちによる討論会は、非常にエネルギッシュであった。
24日は、参議院議員選挙の告示日であったが、松山市議会においては、9時30分より議会運営委員会、10時から本議会が開会し、一般質問が行われ4名の議員が質問に立った。
25日も、10時に本会議が開会し、4名の議員が質問に立った。
26日は、久しぶりに愛媛異業種交流会青年部の懇親会に参加した。
27日は、午前中は、三津浜老人クラブ連合会の総会に初参加。祝辞を述べさせてもらった。本当にありがたいことである。昼からは、知り合いの企業の創業40周年記念式典に出席。この厳しい不況の時代に40年にもわたり会社を存続させてきたことに敬意を表した。本当に素晴らしいことである。今後も頑張ってもらいたい。
夕方は、中村市長の後援会主催で山本順三個人演説会が行われた。我々松山維新の会の市議会議員も出席した。
28日は、10時に本会議が開会し、4名の議員が質問に立った。29日も、10時に本会議が開会し、4名の議員が質問に立ち、議案がそれぞれ各常任委員会に審議を付託されて終了した。 |